東京から離れた神奈川県相模原市の南端、小田急相模原駅からほど近い二の橋書店。県をまたいで今回は、下町に端を発する3代目店主・田中領さんからうかがった思い出を手がかりに、文芸の町・東京探しに参ります。第9回は「町田パッション」。
第9回
町田パッション
二の橋書店が本所深川にまだあり、すでにアメリカとの戦争が始まっていた時代に話を戻します。
当時の国際情勢をとらえ、日本の敗戦を見越しまして、首都東京から郊外へと移り住んだ家族がありました。
夫・白洲次郎、妻・白洲正子の若い二人は、子どもたちを連れて東京の真ン中からずっと離れた村落で見つけた茅葺き屋根の農家に移り住んでいました。ところがそうした郊外の大空にも空襲警報は鳴り響き、大空を不気味に都心へと移動して行くB29の姿を目の当たりにしています。(白洲正子『雨滴抄』所収「鶴川日記」より)
B29が東京の真ン中に爆弾を落として行った惨劇は、二の橋書店が本所深川で被災した記憶ともつながる歴史です。
白洲夫妻の住んでいた家は「武相荘」(ぶあいそう)として知られ、今も一般に公開されています。最寄りの駅は小田急線鶴川駅。戸建ての家がたくさん建てられている住宅地ですが今も緑豊かな一帯でして、休みには農園で野菜作りを楽しむ人も見かけます。
鶴川駅のあるこの辺り町田市は郊外という名にふさわしいながら歴とした東京でありまして、奇しくも、二の橋書店を営む田中さん一家も移り住み、本所深川、浅草に続き3つ目のお店をこの町田市に出店することになります。
田中さんたちの移住は、昭和50年代頃ですから、空はカラスがカ~カ~ア自由に飛べる時代になっておりました。どうやら、初代・よし雄さんの患っていたぜんそくが少しでも落ち着くようにと、東京の郊外へと越してきたようでございます。
お住まいは倉庫を兼ねているそうですが、それとは別に店舗を町田に出していたということで、当時の場所を教わりますと、JR町田駅に近い商店街の一角であったようです。
その区域は現在、大きなホテルとともに町田市中央図書館が建っています。実は二の橋書店の出店は、近い将来立ち退きをすることが条件であったと領さんは話して下さいました。
戦後に始まった町田市は、人口の増加とともに住民の読書欲に応えるべく図書館が作られますが、その始まりは「そよかぜ号」と呼ばれた移動図書館でした。(昭和45・1970年)その後「そよかぜ号」2号車もでき、鶴川団地センターに分館のあとに町田図書館(現在のさるびあ図書館)、金森分館と続きますが、こうした施設では手狭であり、ついに原町田3丁目の再開発ビルに「中央図書館」建設が決まります。当時のようすは、図書館職員が来館者へ配布した通信に残されていました。
長年の懸案であった中央館の建設がようやく実現の運びとなりました。中町にある本館が手狭となったため、増改築をするか、新たな場所へ中央館を建設するかの選択が必要な状態が、何年も続いていましたが、新たに中央館を建設する方向での解決がはかられることになったわけです。 (『サルビア 図書館だより 25』昭和61・1986年)
町田駅周辺は新刊書店だけでも久美堂、リブロ、有隣堂、福家書店、ヴィレッジヴァンガード、ブックファースト、あおい書店など地元では利用されてきました。一方の古書店では、作家・三浦しをん氏も働いていたという高原書店があります。近年、その三浦氏が町田市をモチーフに描いた「まほろ駅前」シリーズ(『まほろ駅前多田便利軒』『まほろ駅前番外地』『まほろ駅前狂騒曲』)も有名になりました。
小生にとっては、町田は東京でありながら、町田は町田なんだという顔をしており、色々な暮らし向きの人たちが混在しているように思います。古くは、山梨・八王子の山産物と、横浜からの海産物とがここ町田で大いに取引された商業地の歴史を持ち、近代の明治になって政治との結びつきが深くなったことは町田市立自由民権資料館の存在からも伝わります。
今回、中央図書館の郷土資料の棚で見つけた『町田市の明治百年』という1冊は、何度も読まれてすりきれたカバーを補強して持ちこたえている本ですが、目次を開くと地元愛という表現では括りきれない情熱、パッション(!)が“ハンパない”です。この本を編集、執筆した堀江泰昭氏は、「町田ジャーナル」を立ち上げ、長く町田の歴史を掘り起こしながら、人びとの営みを追求したジャーナリストだと知りました。
再開発前の商店街に二の橋書店があったことを想いながら歩くと、これまでの見方が変わってきて面白いもンです。知らないことは沢山ありますが、ちょっとしたきっかけで、歴史の営みがこんな近くに色々あったと気がつくと、今更ながら暮らしの楽しみが広がって参ります。
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紹 介
古書 二の橋書店
〒252-0312
神奈川県相模原市南区相南
4丁目1−31
小田急相模原駅 南口(小田急線)徒歩4分
イトーヨーカドー 大通 向かえ側
tel:042-749-9345
https://ninohashi-shoten.jimdofree.com/
★「日本の古本屋」
https://www.kosho.or.jp/abouts/?id=12031730
文責・板垣誠一郎
〈2017年8月配信開始!〉 東京へやや遠くなりぬ 二の橋書店 ── 3代目・田中領さんにきいた思い出ばなし
投稿者: 東京のむかしと本屋さん編集部
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