東京から離れた神奈川県相模原市の南端、小田急相模原駅からほど近い二の橋書店。県をまたいで今回は、下町に端を発する3代目店主・田中領さんからうかがった思い出を手がかりに、文芸の町・東京探しに参ります。第4回は「江戸の大火」。
第4回
江戸の大火
──二の橋はつい通り過ぎていたわけですが、両国橋を渡る時はさすがに橋の名を意識しました。ここが隅田川かァ、高速道路だァ、車が小さく感じるなァ、スカイツリーはやっぱり眺めちゃうなァ‥‥なんて、渡るうち気持ちがリセットされます。
2つの「国」にかかるので両国橋と呼んだくらいだもの。江戸に幕府が開かれて数十年後にできた両国橋は、もともとは大橋と呼んだんだ。この橋がかけられたのは、当時の都市計画の一環だったらしい。
──国際的なスポーツ大会でもあったんですかねぇ?
茶化しちゃいけない。君がせっかく東京にかかる数多の橋からやっとキョーミを持ったんだ。そういう気持ちをすぐに消したらもったいないよ。
──そう思います。押しつけがましくいわれても右から左へ通り過ぎちゃいますけれど、身近なことに沿って調べると歴史とか文化とかが面白くなりますね。それでもって街を歩くと、そこにあった歴史を記す案内板が自治体などで造られている。控えめで地味ですけれど、小さな感動を覚えます。
歳をとった証拠かもネ。
──それで大橋のことですが‥‥。
どこかで「ケンカと火事は江戸の華」って聞いたことがあるだろう? 火事は特に深刻で、大火事は3年に1度くらいの割合で江戸を襲って、それだけ多くの人の命や財産をさらっていった。大橋(両国橋)は、江戸時代最悪の「明暦の大火」(1657年)を経た後に、同じ犠牲が起きないように避難路として重要な役割を持ったんだ。そのハンカチを見せてくださいナ‥‥。いま江戸深川資料館のある場所は霊巌寺とある。もともと京橋の霊巌島町にあったようだけれど、ここも明暦の大火で一度は消失してしまい、万治2年(1659年)深川の地に移ったようだ。(参考:『東京名所図会 深川区・深川公園之部』陸書房)
──二の橋がかかる堅川(たてかわ)も、明暦の大火後に造られたと、『橋から見た隅田川の歴史』(飯田雅男・著、文芸社刊)に書いてありました。この本に、二の橋と一の橋のあいだにかかる塩原橋の話が出てましてね‥‥。
今の一の橋と二の橋のあいだには、塩原橋と千歳橋があるよ。
──塩原橋は、薪炭(しんたん)商人・塩原太助に因んだ命名で、この人物を主人公にした『塩原多助一代記』という話を三遊亭円朝が書いたことで知られているそうです。
塩原橋の近くに案内板があるね。
──『塩原多助一代記』は長い物語です。岩波文庫のを持っています。
わざわざ買ったのかい?
──前に買ってはあったんです‥‥。
‥‥あぁ。買うだけ買っておいて積んで置いとく、ツンドクの1冊だったようだね。
──どのページにもびっしり文章が詰まっていましてね。今回のことでちょこっとだけ、読んでみました。
ちょこっと‥‥。
──語り言葉で書かれていますから、意外や意外、数ページ読みました。その4節目、江戸見物に来た男たちが運悪く大火事に出くわすんです。こりゃ大変と方々へ逃げるうちに深川に出る。まだ火はおさまらず町を襲っている。もっと逃げろってンで《二ツ目の橋を渡り、お竹蔵辺まで》という所がありましてネ。二ツ目の橋って書いてあるのでびっくり。まさか二の橋のことなのかナアなんて思ってみたり。
ちょこっとしか読んでいないおかげなのか、本筋とはずれたところに着目出来たね! それこそ円朝さんに聞かなきゃ真相は判らないことだ。
──そうなんですよね。でも、ネットで「東京」、スペース、「二の橋」で検索して出てくるのは、港区の二の橋が出るくらいです。深川の二の橋も、もっと出てきていいと思います。
二の橋書店の話に戻そう。
──そうですね。初代・田中義夫さんは、深川でお店を開いてから何年が経っていたのでしょうか。実は、戦争で空襲に遭ってしまい、お店は焼けてしまったそうなんです。
火事のあとは、空襲の話か‥‥。まったく人の世は、いつだって物騒だよ。
──『江戸・東京の地震と火事』(山本純美著、河出書房新社)という本にこう書かれています。《避難路をかねて隅田川両国橋の架設があったが、こうして下町では火焔に追われて川に逃れて溺れる犠牲者の例は近代東京の大正大震災や昭和二十年東京大空襲でも続いている》。今の風景だけでは見つからないことがあるんですね。
そうだね。橋を造っている歴史があるんだ。種から生えてくるもンとは違うよね。
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文責・板垣誠一郎
〈2017年8月配信開始!〉 東京へやや遠くなりぬ 二の橋書店 ── 3代目・田中領さんにきいた思い出ばなし
投稿者: 東京のむかしと本屋さん編集部
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