[深川・浅草/町田]東京へやや遠くなりぬ 二の橋書店:第5回 目録『戦塵冊』

東京から離れた神奈川県相模原市の南端、小田急相模原駅からほど近い二の橋書店。県をまたいで今回は、下町に端を発する3代目店主・田中領さんからうかがった思い出を手がかりに、文芸の町・東京探しに参ります。第5回は「目録『戦塵冊』」。

第5回

目録『戦塵冊』

 

空襲が東京へ来るようになり、二の橋書店から本を大八車に載せて埼玉の方へ疎開させていた時、初代の義夫さんを手伝ったのが、2代目・田中貢(みつぐ)さん。

二の橋書店発行の目録には、巻頭巻末に貢さんご自身の記憶が綴られています。

   昔の思い出

 当店は昭和五年に鬼平犯科帳に屢屢[しばしば]登場する二つ目(二の橋)のお薬師さまの近くにありました。
 どうにもなれ、半ばあきらめに似た、切ない世の中(現在と全く同じ)下町の町でした。

大正14年(1925)生まれで現在もお元気とのこと(私の祖母も同世代。生きていてほしかった!)。

私は中学生の頃からオダサガの二の橋書店を知っています。30年近く前になりますが、今思うと、静かに店番をする細身の方が貢さんだったのです。

お店を訪ねても、当時の私のアテは何人かの作家が書いた物か、左手奥のちょっと死角めいた棚に置かれたアダルト雑誌。

貢さんが目録販売でもって特に力を入れて販売する戦記物はお店の棚にもありました。立ち止まって眺めたふりしたのを思い出します。

二の橋書店が発行する目録は『戦塵冊』と名付けられています。

命名は、作家の山中恒氏。

副題には、「懐しき良き時代もあった昭和を回想しての目録」とあります。

2年に1度くらいのペースで、「19・20合併号」の発行2013年まで続きました。

引用した貢さん筆「昔の思い出」には後半があります。

 暑かった夏の夕暮れ小さなカッフェーから流れてくるメロディーが「満洲思えば」「國境の町」(昭和九年)でした。
 満蒙は日本の生命線とか、大陸へ大陸へと政府の掛け声につられて満洲に渡りました。満洲開拓とは名目はどうあれ、侵略でした。
 その蔭で故郷を憶い出して泣かせたメロディーでした。
                  (『戦塵冊』第17号、2008年)

何年か前に、私は『戦塵冊』を一度だけ取り寄せたことがあります。戦記物で埋めつくされた目録を見て当時感じたことを覚えていません。考えなかったのかも知れない。

今回、新装した二の橋書店で3代目・領さんからお店の来歴を聞けて良かったと思うことがあります。

それは、時間がかかりましたが、二の橋書店の目録『戦塵冊』に対する私なりの見方を持てたこと。

戦記物と私はくくりました。実際には第17号には5,252点の文献が集められています。これをただ一言、戦記物とくくってしまい、それでおしまい。それが私の人生観かも知れません。

『戦塵冊』という題名を、山中恒氏はどういう思いで、2代目・貢さんに提案したのでしょうか。

もし叶うならば、貢さんから『戦塵冊』のお話だけでもうかがいたい。

アダルト雑誌の棚に堂々近づけず、いつもおどおどしていた私を覚えていませんように。

参考に、2013年に発行された「第19・20集」の目次を掲載します。

特別資料・著作(昭和史に関する戦時資料)
一、政治・外交・司法(警察)・軍縮
二、帝國議会に関する資料
三、大政翼賛会・紀元二六〇〇年
四、昭和史・昭和の時代・世相・題名に昭和が入る著作
五、経済・統制経済・産業・経営・生産諸調査資料報告
六、交通・鉄道・運輸・農業
七、思想関係・社会主義運動・社会事業・大正デモクラシー
八、社会主義・社会運動・労働運動
九、ファシズム・国家主義・帝国主義・右翼
十、天皇制・國体
十一、教育・青年運動
十二、出版・放送・マスコミ
十三、戦争と経済・戦時下の経済
十四、防空、空襲・原爆
十五、陸軍関係(軍政・戦史・戦記・空軍)
十六、海軍関係(軍政・艦船・戦記)
十七、航空機、航空戦、科学、化学、技術、兵器、気象
十八、防衛省防衛研究所資料
十九、拓植・植民・旧植民地・樺太・朝鮮・台湾
二〇、大東亜共栄圏・東亜地域・東南アジア諸国
二一、中國に関する著作
二二、満洲國(蒙古)に関する著作
二三、南方・南洋に関する地域著作
二四、東南アジア諸國・佛印・蘭印・ビルマ・タイ・フィリッピン・マレー・印度
二五、[A]人物評伝・自叙伝・評論・随筆[B]文芸・映画・演劇
二六、終戦処理・東京裁判・占領政策・戦後史・復興・社会情勢
二七、第一次・第二次世界大戦
二八、各國情勢 A・米國 B・英國 C・ドイツ D・ロシア、ソ連 E・フランス、イタリーその他の國
二九、その他Ⅰ 前記各分野に属さない一般の著作・小冊子
   その他Ⅱ 地図・パンフレット・絵葉書他
三十、追加
三一、雑誌

※本の題名は時代・種々の状況にかかわらず、そのまま原名にしてあります。
例 拓殖(拓植)・中國・支那 のように。
一、[特別資料]とは特に深い意味があるのではないのですが、資料として何かしらの価値があると思われる 文書 孔版タイプ等 です。

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紹 介

古書 二の橋書店

〒252-0312
神奈川県相模原市南区相南
4丁目1−31
小田急相模原駅 南口(小田急線)徒歩4分
イトーヨーカドー 大通  向かえ側
tel:042-749-9345
https://ninohashi-shoten.jimdofree.com/

 

「日本の古本屋」
https://www.kosho.or.jp/abouts/?id=12031730


文責・板垣誠一郎

〈2017年8月配信開始!〉
東京へやや遠くなりぬ 二の橋書店
── 3代目・田中領さんにきいた思い出ばなし

投稿者: 東京のむかしと本屋さん編集部

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