東京から離れた神奈川県相模原市の南端、小田急相模原駅からほど近い二の橋書店。県をまたいで今回は、下町に端を発する3代目店主・田中領さんからうかがった思い出を手がかりに、文芸の町・東京探しに参ります。第6回は「俳人・田中よし雄と二の橋」。
第6回
俳人・田中よし雄と二の橋
300円だけでついで下さるスコッチウイスキーを口にちびりと移すうちに、ようやくカウンター席にいる気持ちがやわらいで来ます。ここはオダサガ(相模原市の南端、小田急相模原駅界隈)にありますから、今のことをそっちのけに、昔の話をお訊ねするというのはいかがなものかという気はいたします。
でもお店の発祥は東京下町の本所深川、隅田川に結ぶ立川(堅川)にかかる二つ目にできた二の橋がある辺りに、明治生まれ田中義夫さんが屋号二の橋書店としたのがことの始まり。
東京の古書店組合史「東部支部史」の章には昭和初めの頃に下町にあった店どうしの市会(市場)のことが記録されておりまして、昭和5年や6年といいますから今から80年よりもっと前に、田中義夫さんが参加していた「城北共援会の市」「向島の市」の存在が確認できます。しかしこの2つとも、国が始めた戦争によって一変した世情のために散会してしまう。
二の橋書店の建物もまた空襲で失われてしまう。現在の店主田中領さんが生れた昭和26年には、二の橋書店の所在地は、本所深川から浅草の寿町へと移っておりました。
ところで店をはじめた義夫さんには〝よし雄〟という音にすれば同じでも字面は違う別名をお持ちの俳人でした。孫の領さんは今でも、よし雄さんの作った句を諳んじて教えて下さるからすごい。カウンター越しに聞いた作をあげると次の通り。
千貫(せんがん)の御輿(みこし)来るまえ水打てり
三社(さんじゃ)から着初(きそ)めて浴衣(ゆかた)早からず
駅の音が夜明けの声や蓮の花
大山が近くにみえた蕗のとう
これらの句は浅草や上野にいた頃の、よし雄さんが目にした昔の東京。見たこともないのに、風景がなんとなくイメージされる。5・7・5にこめられた詩の世界。
それを領さんが今もさらっと口にできるのが羨ましくもあります。領さん次いで大きな1冊をカウンターに出して下さる。『臼田亜浪全句集』は昭和52年刊。臼田亜浪(うすだ あろう)は明治12年に長野県の小諸町に生まれ、法律を学び新聞社で働くかたわら、若い頃から正岡子規の作を知り、高浜虚子、大須賀乙字らの作にも親しみ、何と四十路手前に俳句だけに生涯を賭す人生を選んだ俳人。領さんが「アローさん」と呼ぶ臼田亜浪に、お祖父様のよし雄さんは師事したとのこと。
戦後住まいを浅草の寿町に変えたよし雄さん、戦争に負けて6年後の昭和26年にできた台東区俳句人連盟に参加、機関誌は『花の雲』と題した、その3代目会長までも担ったことが連盟結成40周年記念誌にあり、歴代会長の当時の顔写真とともに一句があげられていたのでご紹介。
閑な手となり花びらを溢れしむ
孫の領さんが憶えている義夫(よし雄)さんは、常にふところに句をしたためる帳面を忍ばせていたといいますから、暮らしのそばに俳句があった。
証拠に、二の橋書店はそもそも俳書(俳諧・俳句関連書)を専門に扱うお店だったそうですが、戦争のせいでお店がいったん無くなり再起をかけた浅草では、新刊書と古書とを兼業するお店になった。
すでに2代目・田中貢さんも活躍されていたのでしょうから、この句は、もしかすると二の橋書店の代替わりをほのめかしているかも知れないと独り察する小生。
本所の江島神社には江戸時代の俳諧師・其角の作「ほとゝきす一二の橋の夜明哉(ホトトギス いち に の はしの よあけかな)」が伝えられており、二の橋の知名度を物語りもし、現在の二の橋付近には、鬼平案内板のほかに、同じく有名な俳人・小林一茶が近くに住んでいたことを伝える立て札も作られています。
よし雄さんの決めた屋号には、俳句の香りがやんわりと感じられて来るのです。
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紹 介
古書 二の橋書店
〒252-0312
神奈川県相模原市南区相南
4丁目1−31
小田急相模原駅 南口(小田急線)徒歩4分
イトーヨーカドー 大通 向かえ側
tel:042-749-9345
https://ninohashi-shoten.jimdofree.com/
★「日本の古本屋」
https://www.kosho.or.jp/abouts/?id=12031730
文責・板垣誠一郎
参考文献
・『東京古書店組合五十年史』小林静生/編集責任、東京都古書籍商業協同組合/発行、1974年
・『合同句集 四十周年記念誌』台東区俳句人連盟発行、1990年
・『臼田亜浪全句集』刊行委員会編、発行、1977年
〈2017年8月配信開始!〉 東京へやや遠くなりぬ 二の橋書店 ── 3代目・田中領さんにきいた思い出ばなし
- 第1回 東京から離れた町・オダサガ
- 第2回 守り神のタヌキさん
- 第3回 深川の二の橋
- 第4回 江戸の大火
- 第5回 目録『戦塵冊』
- 第6回 俳人・田中よし雄と二の橋
- 第7回 浅草の俳書室(1)
- 第8回 浅草の俳書室(2)
- 第9回 町田パッション
- 第10回 3代目のクラリネット
投稿者: 東京のむかしと本屋さん編集部
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