連載◎[深川・浅草/町田]東京へやや遠くなりぬ 二の橋書店:第8回 浅草の俳書室(2)

東京から離れた神奈川県相模原市の南端、小田急相模原駅からほど近い二の橋書店。県をまたいで今回は、下町に端を発する3代目店主・田中領さんからうかがった思い出を手がかりに、文芸の町・東京探しに参ります。第8回は「浅草の俳書室(2)」。

第8回

浅草の俳書室(2)

 

何 事 も あ き ら め て ゐ る 蚊 屋 の 月

この作者、増田龍雨は明治の早くに生まれて昭和9年(1934)まで浅草に生きた俳人で、一部から〝浅草芭蕉〟と呼ばれるほど俳諧(俳句)の才能豊か。

話し上手で聞き上手、それで人を集めてにぎやかに家でもてなすのが何より好きとあっては、お宅を訪れない手はございません。まぁ、それなりに人選はあったでしょうけど‥‥。

その龍雨がちょうど人生50年という節目の頃、浅草はじめ東京の下町を関東大震災が襲う。多くの犠牲者が出たこの大惨事は、現在、浅草から遠くない墨田区横網の復興記念館に記録されています。

龍雨のぜい沢な暮らしぶりもこの時どうやら一変したようです。折しも人生は後半生、どうやって立て直したらいいものか‥‥。まさに《 何 事 も あ き ら め て ゐ る 蚊 屋 の 月 》。

そんな龍雨に救いの手をさしのべたのは、俳人龍雨を敬愛していた若い人びと。ついには伝統的な江戸俳諧の名門「雪中庵」12世を継いで宗匠となるも、病を患い61年の生涯を終える。

龍雨の人生をモデルにした小説を書いたのは久保田万太郎

明治から大正、昭和にかけての古い東京に生きた芸人や下町の商家に材をとった小説家であり、何より俳句の才能にも秀出た人。

久保田は、龍雨を「市井人」(昭和24年)「うしろかげ」(昭和25年)に描いた。親子ほど離れた年の差ながら互いが俳人として敬い、実際に交流を持っていた経緯を『わが久保田万太郎』(後藤杜三著、青蛙房刊)が述べています。

やっと本題です。

久保田万太郎を「先生」と呼んで敬っていた作家の一人に安藤鶴夫がいました。〝あんつる〟の愛称で、一時期ラジオやテレビでも名の売れた流行作家。

バーコードのついていない古本を揃える古本屋なら、落語の棚に今でも〝あんつる〟作で、凝った装幀のが1冊か2冊は見つかるンじゃないでしょうか。

演芸担当の新聞記者でもあったくらいですからスラスラ読みやすいンですが、そこかしこにガンコで凝り性おぼしき独特の言い回しもまた〝あんつる〟の面白いところ。

ンで、その〝あんつる〟の書いた一文をご覧下さい。

都電を田原町で降りて、一軒、新本屋で聞いただけで、その田中といううちはすぐにわかった。

表はここも新刊書を売っていて、奥の、せいぜい一と坪ぐらいの狭いところに、ぎっしり俳書だけの棚があった。


出典:安藤鶴夫『おやじの女』青蛙房刊、1962年

昭和35年(1960)に書かれた一篇「龍雨の日」。龍雨という人を知らなければドラゴンレイン(!?)が降ったのか(ナンノコッチャ!)との配慮で、長い前口上でございました。

売れっ子で忙しい〝あんつる〟はその日、上野の本牧亭(ほんもくてい 講談専門の寄席)昼席を久しぶりに訪れて、次の用事までの空き時間、名前だけは頭にあった浅草寿町の俳書専門の本屋に出向いた。

店には目当ての『龍雨俳話』に加え、意外な『龍雨俳句集』まで出してくれて、ほくほく気分のままその足で、駒形のどぜう屋で一献かたむけ龍雨の句を楽しむ──というエッセイ。

ここに出てくる本屋が何を隠そう二の橋書店(新刊取り扱いの屋号は田中書店)。〝あんつる〟に、「お客様、これはいかがですか‥‥」と棚から出した店員が、2代目の田中貢さん。

このエッセイは当時、大阪の『あまカラ』誌で食べ物をテーマに連載された一篇。主役はドジョウ鍋とお酒ですが、半世紀も時を経た今では、二の橋書店の「俳書室」を伝える貴重な一文なンでございます。

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メモ 浅草時代の二の橋書店があった浅草寿町(現在・台東区寿)の界隈にはお寺が多い。その中の一つ、本法寺には、戦時中に上演を自粛した落語の演題を弔った「はなし塚」が今も残る。


紹 介

二の橋書店

公式サイト http://www.ninohashi.com/

〒252-0312 神奈川県相模原市南区相南4丁目1−31
地図 https://goo.gl/maps/urQYxXQTm4u

最寄駅:小田急相模原駅南口徒歩5分
営業時間:13:00〜21:00
定休日:不定休(古書イベントの際にお休みします)
電話:042-749-9345

「日本の古本屋」
https://www.kosho.or.jp/abouts/?id=12031730


文責・板垣誠一郎

参考文献

  • 『久保田万太郎集』日本文学全集26,新潮社版、1963年
  • 安藤鶴夫『おやじの女』青蛙房、1962年
  • 後藤杜三『わが久保田万太郎』青蛙房、1974年
  • 小島貞二編著『禁演落語』とくま文庫、筑摩書房、2002年

〈2017年8月配信開始!〉
東京へやや遠くなりぬ 二の橋書店
── 3代目・田中領さんにきいた思い出ばなし

投稿者: 東京のむかしと本屋さん編集部

「東京のむかしと本屋さん」編集部 メール tokyomukashi@gmail.com