[港区・赤坂]赤坂のヒナ探し 第8回 花柳章太郎と着物姿

シェットランド・シープドッグ(シェルティ)はお店の看板犬だった「ヒナ」。 写真提供・金松堂書店 西家嗣雄さん
シェットランド・シープドッグ(シェルティ)はお店の看板犬だった「ヒナ」。 写真提供・金松堂書店 西家嗣雄さん

第8回 花柳章太郎と着物姿


『きもの・簪(かんざし)』は昭和24(1948)年に刊行された本です。著者の花柳章太郎(はなやぎしょうたろう 1894〜1965年)は新派と呼ばれる演劇で女形として特に人気を博しました。明治生れで戦後にかけて活躍します。新派演劇の女形に欠かせないのが着物衣装で、花柳さんは着物文化に造詣が深いことから著作もいくつも出しており、『きもの・簪』はその中の1冊です。

この本には花柳さんが演じる役どころの着物姿の日本女性が20人ほど登場します。本文の用紙は経年劣化していますが、写真の方は別の用紙に印刷されており、今も着物姿がきれいに見られます。

写真目次というのが列記してありまして、例えば‥‥

二筋道 桂子
鴈 お玉
風流深川唄 おせつ
婦系図 お蔦
築地明石町 お霜
明治一代女 小梅
浪花女 お千賀
稽古扇 おふじ

このように舞台の作品名と役柄の名とが写真とは別に目次の後に列記されています。

ポーズのとり方や顔の表情はもちろんですが、着ている着物の着こなし方、模様、かつらの形、それにさす簪が一人一人違って見えますが、いずれも同じ役者が演じる一枚写真。

モノクロですが、役者が培った経験と知識、そして役への思い入れ。架空の物語に心底、ほれ込んでいるカッコよさが新派劇を知らない私めにも感じられます。

初めにこれらの写真を見た時は戸惑いました。しかし本書に綴られる文章を追って行くうち、洋服が日本に入ってくる前には当然の服装であった着物を自分はとても好きなのだよ、一言で着物といってもサ、いくらだって着こなしがあるのだよ、読者のあなたに自分が愛する着物姿の女性の美しさを一枚の写真に込め、ずらり並べてお見せしよう。そういう心意気を感じます。(花柳さんはひらがなで〝きもの〟と記しています)

この本が書かれている頃というのは、終戦からまだ2年が立つかどうかです。着物にからめて、空襲や占領の東京のようすも所々で綴られています。

その当時ですでに着物を好むのは懐古的なものに映ったそうですが、花柳さんにとって着物でしか表せない美しさへの思い入れを絵画的な美しさとも書かれています。それで見返す写真の向こうのお姉さん方の何と艶っぽいこと‥‥。

役者、花柳章太郎の住まいが赤坂の一ツ木町にあった頃のこと。

次の舞台で演じる役作りのために、着物の考案に思い悩んで東京の町を歩いていると、橋の向こうから人力車に乗った芸者の着物が目にとまる。

あれだッ!

思うやタタタッ駆け出し車をとめるや声をかける。と、よく見りゃ彼女は顔見知り。話は早い、料理茶屋へと連れ立つ二人‥‥。これは花柳章太郎をよく知った劇作家・川口松太郎さんの書いた『役者 小説花柳章太郎』のワンシーン。

外から見る赤坂にはやはり芸者や料亭の女将が似合います。政治家や財界人が料亭を利用してきたという話を昭和だったテレビの向こうで見ていたような、おぼろげな思いがあります。

ことし芸者・赤坂育子さんのドキュメンタリーがNHKで放送されていましたが、それは現在の赤坂から料亭が少なくなった一面を伝えるものでした。

一ツ木通りの金松堂書店が配達するお得意の一つに料亭がありました。お土地柄ですね。

現店主の西家さんが若い頃、町内会の若手達が催事の取り組みをがんばり、役員の方々から評価されまして、それじゃご褒美にっテンで料亭でお座敷をあげてもらうことになった。

ウキウキ気分でお店に入る西家さん。女将さんがにっこり御挨拶。

「あらあら、金松堂さん。いつもお世話になっております」

「女将さん、お世話様でございます」

さりげなく、西家さんにだけ聞こえるように女将さん、「配達にいらっしゃるお父様は、一度だって表から入ったことないのヨ」。

ガツーンとやられました。赤坂で働く厳しさと、東京ならではの粋な物言い。

 

(つづく)

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文責・板垣誠一郎

参考文献

・花柳章太郎『きもの・簪』和敬書店、1948年
・川口松太郎『役者 ─小説花柳章太郎』新潮社、1966年
・文京ふるさと歴史館編 図録『平成二十二年度特別展 文京ゆかりの名優 花柳章太郎 ─その人と芸』文京区、2010年


 


2019年9月配信開始!
赤坂のヒナ探し

投稿者: 東京のむかしと本屋さん編集部

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