〔レポート〕赤坂・金松堂書店 2021年3月末で閉店へ

東京港区赤坂の一ツ木通りで明治の終わりから看板を掲げてきた老舗がことしの3月で幕を下ろします。老舗というと堅苦しいのですが、お店は気軽に立ち寄れる本屋さんです。私は2019年になって金松堂書店の店主にお店の来歴をうかがいました。

使われなくなった2階フロアは片付けられて本棚はありませんでしたが、壁面に猫たちの写真が貼られていました。それは生き場が必要な猫の里親探しの活動に協力した折の展示の名残であるとのことでした。

ちばわん展示パネル(赤坂一ツ木通り・金松堂書店2019年)
ちばわん展示パネル(赤坂一ツ木通り・金松堂書店2019年)

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本屋と猫の里親探しには前置きがあります。

つい数年前まで金松堂書店には看板娘の飼い犬ヒナが一緒にお客を出迎えていました。その温和な性格がファンを集めていました。私はその当時を実際に知りませんが、ネットには今もヒナの姿を見つけられましたし、ヒナの写真やファンの描いてくれた似顔絵、何より店主の口から語られるヒナの思い出が聞けました。

本屋の金松堂さんが猫の里親探しの場を提供することになったのは、看板娘ヒナが縁であったそうです。

一方で、話をうかがった2階フロアはかつては金松堂書店の売り場でありました。コミック、地図、ガイドブックが並んでいました。往来の出入口の1階は書籍雑誌がメインで、地下もあって文庫や新書の棚でした。3フロアあった売り場を小さくしたのは、本や雑誌の需要が小さくなってしまった時流をそのまま受けた変化でした。

お店がTBS(旧称を東京放送)に近い立地から、お客さんのなかには昭和のラジオやテレビでおなじみの名前が何人も聞けました。永六輔さん、小沢昭一さん、藤村俊二さん、渥美清さん、樹木希林さん、殿山泰司さん、久世光彦さん・・・。他に芸能や雑誌のプロダクションも集まっていたので、外商といって取り寄せ注文の配達にも金松堂は活躍します。

注文は料亭から来ました。永田町の政界と赤坂との距離の近さに気づかされます。政治家の橋本龍太郎氏は首相在任期にも金松堂に本を求めに来たとのことです。店主が振り返る橋本氏の人柄は、ニュースを通してしか知らないイメージとは違う印象でした。

なかでも役者・殿山泰司さんの残したエッセイに出会ったのは金松堂でうかがった話がきかっけでした。

トノヤマさんは日本が昭和から平成に代わった年に73才でこの世を去った方です。今、日本は令和の時代。昔話とも言われかねない時間の経過ですが、トノヤマさんのエッセイの面白さ、鋭さは今も飛びぬけています。2018年になっても『殿山泰司ベスト・エッセイ』(大庭萱朗編、ちくま文庫)が出ていますし、古本でもなかなか手に入らない、買ったら手放さない魅力の文章なのです。

人生の後半に入ってペンをとり、役者業で関わる人々との交流と、感性を刺激するJAZZライブやレコード鑑賞、そしてミステリーはじめ本の乱読。紹介すればそれだけですが、トノヤマさんには日本の戦争に徴兵された過去があり、その経験がエッセイの底辺にべったりと張り付いています。

生前には「女好き」という面が売り文句のように取り上げられていたようですが、30年以上の年月が経っても色あせないトノヤマ・エッセイの魅力はそこではなく、日本の社会で生きることに手を抜くな!と笑って叱られるような心地よさを感じます。

トノヤマさんがペンを走らせながらベテランの名脇役として役者業を続けた昭和の後半のようすを書いた日記スタイルの文章で、度々顔を出すのが一ツ木通りの金松堂です。お住まいが赤坂だったのです。

トノヤマさんがしばしば浅草や新宿に出ています。赤坂駅は浅草に便利な銀座線と新宿にすぐの丸ノ内線も便利な駅。ともに昭和が始まった頃から東京都内の点と点とを結ぶ大動脈。ホームに銀座線と丸の内線がひっきりなしに発着する光景はいつ見ても都会的でかっこいいです。

ところで、戦後に若くして金松堂の看板を背負い書店業に打ち込んだのは、現店主のお父様にあたります。兵隊から還った時に手に入れたリヤカーを本や雑誌の運搬に使い、虎ノ門書房店主に仕入れのノウハウを教わり、家族や従業員とともに支店まで営んでいた話は、そのまま出版産業の往時の壮観を偲ばせます。その様子の一片を書き残した方もいます。出版社と書店との取次をする仕事をされた方の書いた本『大正の銀座赤坂』(多賀義勝、青蛙房、1977年刊、2013年新装版、185頁)。

町の本屋さんがそこで看板を出せ続けられたのは、出版産業がいかに活気のあったことかを伝えていたのです。暮らす街から新刊書店、古書店が次々と看板を下ろすのは、そのお店で本や雑誌にお金を使う人の変化です。たしかに本や雑誌の買い方は他にもできました。それでも私は思います。何気ない往来の際に立ち寄った本屋がきっかけで知る本や雑誌の存在。「出会った時が新刊。」と金松堂店主が大切にする言葉は重たいのです。

短い間ではありましたが、金松堂書店に心より御礼を申し上げる次第です。

文責・板垣誠一郎

金松堂書店の看板犬・ヒナ(提供 西家嗣雄さん)
金松堂書店の看板犬・ヒナ(提供 西家嗣雄さん)

2019年9月配信開始!
赤坂のヒナ探し
  • 第1回 ラジオの向こう
  • 第2回 金松堂書店の看板犬ヒナ
  • 第3回 紀之国坂の怪談
  • 第4回 赤坂の三文役者(1)殿山泰司さんと金松堂
  • 第5回 赤坂の三文役者(2)殿山泰司さんと一ツ木通り
  • 第6回 赤坂の兵営
  • 第7回 金松堂書店のリヤカー
  • 第8回 花柳章太郎と着物姿
  • 第9回 橋本龍太郎と金松堂書店
  • 第10回 補助犬と、ちばわんと、ヒナと。
  • [レポート]2021年3月末で閉店へ

 

投稿者: 東京のむかしと本屋さん編集部

このサイトは、東京ゆかりの本屋さんからうかがった思い出や、地域ゆかりの本や資料からたどりまして、歴史の一場面を思い描きながらこしらえた物語を発信しています。なお、すでにお店の所在地・営業時間は取材時のものです。(東京のむかしと本屋さん編集部)

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