浅草編 第4回 二の橋書店の目録『戦塵冊』続々

第4回 二の橋書店の目録『戦塵冊』続々

 

隅田川にかかる蔵前橋からほど近くに横網町公園はあります。

数年前にそこを偶然通りかかった私は、都内にしては珍しくのどかに休めそうな広場が見えたので自転車をとめ、誘われるまま中央の立派な慰霊堂に入ってすぐにそこがとても厳粛な施設であることに気付かされます。2011年3月の東日本大震災の追悼文も掲げてあったと思います。

外見だけならクラシックなデザインが目立つ復興記念館にも足を向けると、大正の関東大震災と昭和の東京大空襲に関する資料がいくつも展示してありました。そして公園自体が関東大震災の折に多数の犠牲者を出した悲劇の場所であったのでした。

慰霊堂や記念館、そして広場は無情にも消えてしまったたくさんの人生の証の跡だと思うと、こうして思い出しているだけでも私は鳥肌が立ってしまい口をつぐんでしまいます。展示は見ているのが辛かった。でも、知らなければ命を落とした人たちに失礼だと自分に言い聞かせました。

二の橋書店の田中貢さんは家族をともなって、この横綱町公園に毎年3月10日に合わせての東京大空襲の慰霊に訪れるのが決め事であったと、お店で領さんから聞いた時に、私は一人で偶然訪問した時のことを思い出しました。

二の橋書店『戦塵冊』第15集
二の橋書店『戦塵冊』第15集

《表紙の思い出
この本(「愛国防空小説 空襲警報 東部防衛司令部指導 海野十三著 少年倶楽部七月号付録」─引用者)を私が小学五年生の頃始めて読み空襲の恐しさを感じたものです。日本海を東京方面に向うソビエトの星のついた爆撃機の大編隊の描写、(場面)ハッキリ記憶しています。
五年後相手国が違う米国と戦争状態に入り、二年目の四月十八日アメリカ空母ホーネットから発進しB25が東京へ進入し高射砲の弾幕を潜って飛び去るのを見て思はず、いよいよ来たのかと身が震えた。昭和十九年になると毎日警戒警報のサイレンが鳴って、遂に二十年三月十日の東京大空襲の夜となった。低空の大きな星(傍点)のマークのB29、……焼夷弾の火を火叩き(傍点)で消した。我が家も勿論焼けた。火に追はれ河に飛び込み、運良く浮かんでいた大きな材木に、掴まっていた。深川木場。身体の下は三月の冷い川の水、上半身は真っ赤な火の海、よくも耐えられ助かったものである。
空襲の恐しさは一生忘れられない。この本に七十年経て再会し嬉しかった。》(戦塵冊 第十五集 2005年)

2011年3月に東日本大震災が起きてからのことですが、ラジオの向こうで大病を患い喋ることが大変になっても出演を続けた永六輔さんは長い間、浅草に育ち戦争を体験した一人として東京大空襲の非情を語り継いでいた方でした。

永さんが、3月11日は東日本大震災で犠牲になった方々を悼む日になってしまいましたが、3月10日の東京大空襲のことも決して忘れないでほしい、戦争は二度としてはいけない、涙ながらにマイクに発していた声が忘れられません。不幸な出来事が3月10日、3月11日と暦の上に連なったこと。数字に惑わされてしまい大切なことを失ってしまう怖さ。風化という言葉が心に浮かびます。

《それに今年は真珠湾攻撃から五十周年米国では決して忘れてはいなかったのです。それに比べ我国では何かと戦争を風化しようとする意図が教科書問題に見え隠れしています。
皮肉にも共に敗戦国だった日本とドイツが世界での金持ち国になっているのです。
今更ながら我々が知り得ていた昭和とはいったい何んだったのだろうか考えさせられます。
意地悪な目でみれば昭和とは案外変挺子(ヘンテコ)な時代だったのかも知れません。その変挺子な時代に出たものを集めたのが、この変挺子な目録なのです。》(戦塵冊 第五集 1991年)

空襲で一度は失った家とお店を再開した浅草寿町(旧町名)は隅田川に近く、橋を渡ればかつてお店のあった本所です。しかし失われた人の命だけは帰ってきません。貢さんたちが下町にこだわったのは断ち切れぬ思いだったのではないでしょうか。

つづく

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文責・板垣誠一郎


紹介

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2020年8月配信開始
東京のむかしと本屋さん 浅草編

・第1回 夕刻の日差し第2回 二の橋書店の目録『戦塵冊』第3回 二の橋書店の目録『戦塵冊』続第4回 二の橋書店の目録『戦塵冊』続々 第5回 二の橋書店の目録『戦塵冊』結び第6回 浅草文庫第7回 仲見世の本屋さん第8回 木目込人形第9回 座売りの本屋第10回 生活に囲まれた一角レポート 描かれた浅草ゆかりの本屋さん

投稿者: 東京のむかしと本屋さん編集部

このサイトは、東京ゆかりの本屋さんからうかがった思い出や、地域ゆかりの本や資料からたどりまして、歴史の一場面を思い描きながらこしらえた物語を発信しています。なお、すでにお店の所在地・営業時間は取材時のものです。(東京のむかしと本屋さん編集部)

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