浅草編 第3回 二の橋書店の目録『戦塵冊』続

第3回 二の橋書店の目録『戦塵冊』続

 

二の橋書店が浅草で営業をした頃を伝える広告を見つけました。1952年の年明けに合わせた『全国古書籍商組合連合会機関誌』84頁。

《新古書籍雑誌
俳諧関係書一般

田中書店(旧二ノ橋書店)

台東区浅草寿町(寿町大通り)
◎第九支部事務所》

『全国古書籍商組合連合会機関誌』表紙(1952年)
『全国古書籍商組合連合会機関誌』表紙(1952年)

浅草寿町の町名はかつて使われていたものです。家族の名前をお店に使っています。これは新刊書籍雑誌と古書籍とでは営業の仕組みが異なるためにとったものです。

《昭和二十年三月下町大空襲で焼ける迄営業していました。幸に少しばかり値のある本を埼玉の方へ疎開してあったもので、それが戦後の復興の足しになりました。
戦後浅草で再開し先代(父)が手掛けた俳書目録は句集ブームを起こしました。》(戦塵冊 第十二集 2000年)

この当時も「俳書目録」でお客の支持を得ていたようです。お店では貢さんが働いていました。

浅草生まれで伝統芸能や明治の下町風俗を書き残した作家・安藤鶴夫氏(通称アンツル)の随筆にも紹介されています。

《表はここも新刊書を売っていて、奥の、せいぜい一と坪ぐらいの狭いところに、ぎッしり俳書だけの棚があった。》「龍雨の日」より(『おやじの女』青蛙房刊、1962年)

今では本は新刊でも古本でもネットで検索して探す手段が普及しています。それはここ最近のことで、昭和の頃には夢物語です。古本屋さんは自前の目録を作って顧客を取り込むものが多かった。目録作りは出版社も同じです。近年まで営業用に作られ、個人客をはじめ、書店や図書館にも配り利用されていたものでした。

二の橋書店『戦塵冊』第1集
二の橋書店『戦塵冊』第1集

二の橋書店は浅草の地から町田市へとお店を移します。先代の義夫さんが体を患い、空気の良い郊外へと居を移すためでした。

町田駅に近い商店街のビル1階に出店した二の橋書店に『戦塵冊』発行につながる運命的な方が来店します。実体験を基に戦時教育を取材し戦争体験の記録を発表していた作家・山中恒氏がお客さんにいたのでした。

《 みなさまの御支援のお陰で第十集が出来ました。
厖大な資料を駆使して執筆された超大作『ボクラ小國民』シリーズの山中恒先生からこの分野のものを集めてみてはどうかとの御奨めもあり、又戦塵冊という名も付けて戴いて始めました。それから早や十年も経ちました。
陸軍軍医学校が直接関わったとされる七三一部隊の資料の発見は山中先生と常石教授によって立証されました。こう言う資料はもう出ないでしょう。でも時たま珍しいものが入手出来た時の喜びと、惜しくも、わずかの差で(入札)逃がした口惜しさに食事も不味くなったり、逃がした魚のより大きく感じたりしながら精々資料集めに努力します。今の処まだボケてないようですから頑張ります。
何卒今後共宜しくお願い致します。 二の橋書店 田中貢》(戦塵冊 第十集 1998年)

町田駅前の再開発が始まり二の橋書店はまたも引っ越します。私鉄で2つ隣、相模原市にある小田急相模原駅。スーパー・イトーヨーカドーと道路を挟んだお店です。

『戦塵冊』は誰に向けて作られていたのでしょうか。研究機関や専門家には大いに役立つものでしたでしょうし、戦争を知る世代にも特別なものだったでしょう。私が初めてお店でもらった号の表紙には軍用機の写真が載っていました。軍用機のデザインを見て連想したのはアニメーションの世界。本文に出て来る文献に関心を向けられはしませんでしたが、20代だった当時から、発行者の言葉、貢さんの声には何か響くものを感じました。

目録販売を横で見ていた息子の田中領さんからお聞きすると、売り上げは期待していなかったね…と冗談めかして話されました。

つづく

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文責・板垣誠一郎


紹介

古書 二の橋書店

〒252-0312
神奈川県相模原市南区相南
4丁目1−31
小田急相模原駅 南口(小田急線)徒歩4分
イトーヨーカドー 大通  向かえ側
tel:042-749-9345
https://ninohashi-shoten.jimdofree.com/


2020年8月配信開始
東京のむかしと本屋さん 浅草編

・第1回 夕刻の日差し第2回 二の橋書店の目録『戦塵冊』第3回 二の橋書店の目録『戦塵冊』続第4回 二の橋書店の目録『戦塵冊』続々第5回 二の橋書店の目録『戦塵冊』結び第6回 浅草文庫第7回 仲見世の本屋さん第8回 木目込人形第9回 座売りの本屋第10回 生活に囲まれた一角レポート 描かれた浅草ゆかりの本屋さん

投稿者: 東京のむかしと本屋さん編集部

このサイトは、東京ゆかりの本屋さんからうかがった思い出や、地域ゆかりの本や資料からたどりまして、歴史の一場面を思い描きながらこしらえた物語を発信しています。なお、すでにお店の所在地・営業時間は取材時のものです。(東京のむかしと本屋さん編集部)

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