第8回
駒場の木陰(2)
─日本近代文学館と高見順闘病日記─
岩波書店同時代ライブラリーで2冊になっている『高見順 闘病日記』は、ガンを患いながらも命がつきる寸前まで綴られ看病する夫人の補足によって出来上がった文学者による時代の証言です。
駒場のゆかりを調べる気持ちが心に育まれている時だから、ボクはこの本を見つけて読みたいと思いました。
55年が立った今、これをボクは朝の通勤電車で急ぎ飛ばし頁をめくり始めました。その間は車内での自分の居心地を少しも気になりませんでした。
目次は『日記』が綴られていた期間となった昭和38年(1963)10月から昭和40年8月までの23か月に渡っています。
理屈ではシンプルなほど判っているはずの人の死が自分の身にふりかかる。これまで文章に自分の命運を賭して仕事をした文学者が途方もない絶望の深い闇の中に入り込んで行くのにもかかわらず、最期の時が近づいて来てもまだまだ言葉をつむぎだす圧巻の読み物です。
足かけ3年に渡る『日記』にはその当時進められていた日本近代文学館建設の様子が断片的に出てきます。闘病中の高見順は理事長の大役を担っていたのです。
ことし「明治150年」と言われています。『日記』での日本ちょうど「明治100年」に当たる時期にさしかかっていました。高見順は「維新後百年」と表現しています。「近代文学にたいする検討、再評価の機運」が日本近代文学館設立として具体化されて行ったのでしょう。この運動は第12回菊池寛賞を受賞しています。
参考:http://www.bungakukan.or.jp/about/origin/
しかし『日記』では理事長を辞退したいと申し出る場面があります。
まだあと一年位は文学館の仕事はできないだろうから、心苦しい。その上、もう残りすくない今後を、文学の仕事に専念させたいためである。(昭和39年10月29日)
出版社、新聞社からの本や雑誌の寄贈を受けた日本近代文学館は、まず国立国会図書館支部上野図書館で昭和39年11月4日より文庫が公開されます。ちなみに、上野図書館とは旧帝国図書館のことで現在は国際子ども図書館になっています。
参考:http://www.ndl.go.jp/jp/aboutus/outline/history/index.html
『日記』で高見順自身の雑誌約2万点をトラックが運んで行った場面が記されていますが、こうした多くの寄贈で成り立つ日本近代文学館に開設後も長く献本を続けていた1人にペリカン書房の品川力氏がいました(※)。
文学館建設のための折衝が都や国との間で重ねられてきた旧前田邸の土地に建設方針が上野に文庫が公開された翌年の夏、正式に決まりました。
昭和40年(1965)8月16日に日本近代文学館の起工式が執り行われました。それを見送るように高見順は息を引き取ったと夫人の手記が『日記』に残されています。
『日記』には文学者や芸能人などの著名人の名前が出てきます。
例えば吉川英治、市川段四郎(3代目)、小津安二郎、力道山、尾崎士郎、三好達治、マッカーサー元帥、佐藤春夫、三笑亭可楽(8代目)、三遊亭円歌(2代目)、三遊亭金馬(3代目)、生駒雷遊、広沢虎造、花柳章太郎、中勘助。
彼らは『日記』が綴られていた時代に亡くなって行き、その多くがガンであったことを添えて記されています。中には、不慮の事故で亡くなった山川方夫もいました。ことし神奈川近代文学館で「山川方夫と『三田文学』展」が催されたばかりでしたので、『日記』と現在の55年のずれが判らなくなりもしました。
著名人ばかりでなく、同じ病棟で闘病の果てに亡くなる方たちをも高見順は『日記』に記録しています。その人数、50名を越していました。
『日記』は病床から可能な限り時代の証言を記録する作家の執念が感じられもし、文学館建設の経緯を調べようとした自分の動機が何とも恥ずかしくなりました。
この当時、時の首相池田勇人もまたガンのために佐藤栄作を後継者に指名して辞任したのでした。
(つづく)
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文責・板垣誠一郎
※・・・日本近代文学館が所蔵するガリ版刷り「日本近代文学館 圖書館委員會月報」NO.1(1965年9月発行)に記事「まさにペリカンの如く 品川力氏の寄贈続く」があります。
参考文献
- 高見順著、中村真一郎編『高見順 闘病日記』上・下、同時代ライブラリー、岩波書店、1990年
- 財団法人日本近代文学館事務局『日本近代文学館ニュース』第4号(1964年)、第5号(1964年)、第7号(1965年)、日本近代文学館蔵
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