[目黒区・駒場]河野書店のあたり駒場東大前・第9回 駒場の木陰(3)─石田波郷が詠んだ駒場の町─

第9回
駒場の木陰(3)
─石田波郷が詠んだ駒場の町─

 

明治に入ってからの駒場は、練兵場など軍隊の存在が大きかったようです。

目黒区郷土研究の蓄積は、目黒区めぐろ歴史資料館で公開されています。そこで見つけた昭和初めの駒場の風景を紹介します。

「駒場の道路は駒場、青山、代々木の各練兵場とつないでいるせいか、昼間は輜重(シチョウ)兵、駒兵、砲兵などの部隊が狭い道を土煙や大きな音を立ててよく通過した。」

(山本和夫「昭和二年頃の駒場界隈」より)

夜になると練兵場からの軍隊ラッパが聞こえたという駒場の町。日本の男性は満20才で徴兵検査を受けることが義務づけられていた時代です。入営や除隊の記念品を売る店もあったほど、農業のかたわらで駒場の地元の人びとは軍の施設と結びつきを持っていたようで、日常の中に「兵隊さん」のいた風景が想像されます。

前田の殿様の邸宅が出来たのが昭和5年(1930年)、帝都電鉄(京王井の頭線)が走るのが昭和6年(1931年)。

この頃に愛媛から上京した俳人、石田波郷がいました。

石田波郷は、昭和13年(1938)年から5年ほどを駒場の町で暮らします。20代の後半、才能に恵まれた若い詩人が着物姿で「一高前」駅に立って写る写真が残されています(句集に使われた写真)。その俳句や随筆に書き残された駒場は、すでに軍隊が町の日常に入り込んで久しい町並みです。

《 夜 涼 の 坂 英 霊 車 来 る 如 何 に せ ん 》
《 一 等 兵 眼 鏡 ぞ さ む き 日 曜 日 》
《 明 治 節 乙 女 の 体 操 胸 隆 く 》

石田波郷 句集『鶴の眼』所収

石田波郷の記念館は現在、江東区の砂町銀座通りからすぐの砂町文化センター2階で自由に見学できます。https://www.kcf.or.jp/sunamachi/josetsu/ishida/

展示で特に眼を引くのが沢山の写真。戦後になって始めたという波郷撮影の写真はそれだけで貴重な時代の証言。有名無名にこだわらない、ありのままの東京下町の人びとが写されていて、俳人の別の魅力を伝えています。今も砂町銀座を歩けばウソか真実か下町のむかしに来ているような錯覚を抱いてしまいます。

同じ建物の1階は図書館です。係の人に尋ねれば、石田波郷の特設棚が見つかります。棚から選んだ角川書店版『石田波郷全集 第8巻 随想Ⅰ』に収められている、駒場のむかしを舞台に一人の詩人が俳句を仕事として愛媛から上京して数年、作句にかける自分の感性への期待とともに、あくまで自分は社会に関わらざるをえない運命について、当時の日本社会の雰囲気を、できるだけ自分ならではの表現で伝えようとする葛藤を、何度かくり返し目で追って行くうちに想ってしまいます。

江東区のみならず、目黒区でも石田波郷が残した言葉から東京のキオクを発信して、地域の有り様を伝れくれたら良いと思います。

詩人が住んでいた「アパート駒場會館」はどこいら辺にあったのだろう──。随筆にはアパート2階の窓から見える人家の暮らしや樹木、ヒマワリやアサガオの草花、カナカナ(ヒグラシの別称)、ブッポウソウの鳥たちが出てきます。その一節から。

《一高の方からも、連隊の方からも一段低い駒場の町に、春先の風が吹き来っては澱み、又西の方へ吹き抜けた。》

昭和17年「春へ」より
※「一高」は旧制・第一高等学校の略称。

渋谷道玄坂から松見坂まで取り急ぎ来て、そこからのんびりと駒場高校辺りまで歩いたら、河野書店のある駒場東大前駅の方へは住宅地の中へ入って行きます。

意外に道が入り組んでいたり、小さな坂を見つけたりと、旧前田邸の駒場公園界隈とは違ったごちゃごちゃとした面白さがあります。

河野さんから教わったこの辺り「駒下」と、詩人が言う「春風が吹いて来る一段低い駒場の町」とがつながります。このどこかに、詩人の住んだアパートがあったのでは‥‥。

ちなみに、ご遺族石田修大氏が俳聖石田波郷の素顔を語る『波郷の肖像』に掲載された「アパート駒場會館」の写真には、しっかり番地表示がありました。具体的な場所までは野暮のようで。

(つづく)

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文責・板垣誠一郎


参考文献

  • 石田波郷『石田波郷全集 第八巻随想Ⅰ』角川書店、1971年
  • 石田修大『波郷の肖像』白水社、2001年
  • 山本和夫「昭和二年頃の駒場界隈」、目黒区郷土研究会『目黒区郷土研究』407号、1988年
  • 『郷土目黒』36集、目黒区郷土研究会、1992年
  • 芳賀徹『きのふの空 東大駒場小景集』中央公論美術出版、1992年

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河野書店(2017年11月撮影)
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投稿者: 東京のむかしと本屋さん編集部

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