第8回 木目込人形
東北の城下町に暮らしていた祖母が茶の間の座卓で人形作りをしている姿を思い出します。
その頃を思い返すと祖母は体の調子も生活のゆとりも取れて充実していたようです。時間の余白を見つけては取り組む人形作りの祖母は、卓越しに見ている孫の私にも楽しそうでした。
コルクのような色をした胴体と、さらさらの髪を生やした上品な面相の頭と、色鮮やかで細かな模様の布切れと、木工用ボンドとそれをちょっと載せておく皿と、耳かきのような道具。見るからに手間のかかる作業の末に出来上がる人形は和服姿の娘であったり、装飾がかった球体(毬)であったり、虎や狸の動物であったりします。
「ばぁちゃんの子供の頃はそういうカッコウしてたの?」
「こんなキレイな着物なんてなかったヨ。田舎だもの」
「そのボールは何?」
「ばぁちゃんたちの生まれるずっとずっと昔の日本の貴族が遊んでいたんだよ」
「パンダは作らないの?」
「干支の動物だからね。でもパンダもいいね」
それらの人形に古めかしさを当然のように感じ取っていたのは、よくもわるくも不思議なことです。その造形にこめられた歴史の物語に子供ながら関心を向けていたら、祖母の歩んできた時代の雰囲気を憶えておけたかも知れません。
祖母の作っていたのは木目込人形(キメコミ ニンギョウ)と呼ぶ日本の伝統人形で、胴体にある何本もの線状の溝に布地を付けてゆき、頭(カシラ)をはめ込むというもの。これらが一式になって売られているのを祖母は東京から取り寄せていたようです。

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人形販売店が何軒も見つかるJR浅草橋駅を歩くと、木目込人形を作る祖母の姿を思い出します。
木目込人形は歌舞伎やお雛様など様々な型をこしらえる胴体作り、細いノコギリで行う溝掘り、絹糸で作られる髪の毛(スゲ)一本一本を頭(カシラ)に埋め込む、これらを組み立て布地を張ることそれぞれに専門の職人がいます。そうした職人の存在と、人形の造形が伝える遠い昔の日本の文化を意識すること、長い歴史の枠で鑑賞をすることに醍醐味があるようです。
とはいえ、伝統工芸を生み出す職人の仕事と言うのは、現代の社会から見たら決して楽ではないのかもしれません。
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木目込人形の作業工程を私が聞けたのは偶然のことで、浅草からは離れたJR代々木駅の界隈にある書店に働く橋詰高志さんのお話でした。
美術専門学校に学んだ後に彫刻の要素を見出して、浅草橋の工場で胴体の型を作る職人として数年間を働いていた経験談は分かりやすい説明でした。
美和書店は社会科学の古典や哲学を中心とした専門書を中心に売るお店で民主書店とも呼ばれる専門書店。かつては池袋や神田に個人経営の民主書店は珍しくなったとも言います。
代々木の街で40年越しに続けて来た店長の退職が決まり、橋詰さんがこれを引き継いだのは2015年の秋のこと。すでに町から本屋が少なくなっている世相にありました。
社会問題への関心が強い心持ちの時に訪れると、モヤッとした問題意識を次の具体的なテーマへ促してくれる本や冊子が選ばれていますから、便利な書店のあり方だと思います。
ある時、来店した若い人が店内に並ぶカタくるしいばかりの本棚に何かしらの衝撃を覚えたのでしょう。レジのところへ寄ってきて「マルクスってなんスか?」と聞く。それがまた橋詰さんには新鮮で入門書を薦めたら買って帰ったことがありました。
(つづく)
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文責・板垣誠一郎
紹介
美和書店
2020年8月配信開始 東京のむかしと本屋さん 浅草編 ・第1回 夕刻の日差し ・第2回 二の橋書店の目録『戦塵冊』 ・第3回 二の橋書店の目録『戦塵冊』続 ・第4回 二の橋書店の目録『戦塵冊』続々 ・第5回 二の橋書店の目録『戦塵冊』結び ・第6回 浅草文庫 ・第7回 仲見世の本屋さん ・第8回 木目込人形 ・第9回 座売りの本屋 ・第10回 生活に囲まれた一角
投稿者: 東京のむかしと本屋さん編集部
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