連載◎[水道橋/神田三崎町]神田三崎町と有文堂書店の100年。(第4回)ないモノあるモノ

第4回
ないモノあるモノ

本郷の方から水道橋を渡ってやって来る三崎町、有文堂書店の並ぶ通りはいつも賑やかです。

大てい7時を回るあたりに店先の安売り台をのぞきます。歩道は狭いンで、かばんが人に当たらないようにしながら台に置かれる本の数々を眺めンです。

何曜日とか何週ごとかは知りませんが、安売り台の品は常に替わっていますよ。立ち止まる理由はそれで、わずか100円、200円で売られる中に心に止まる物があるとわくわくする。

番台より白山通りを見る。(撮影 板垣)

 

店先から数歩、ジャンプすればひとっ飛びで番台がございます。大てい木下さんがいらっしゃる。

棚に並ぶものと積み置かれる物。

少し前に、物珍しさで隅から隅まで書名を追ってみたことがあって、しばらくすると木下さんにお客さん何探してるのと声かけられたンで、そん時仕事で扱っていたテーマを口に出したんです。すると一瞬の間があって(おそらく私のごにょごにょ発声のせいで)、

「ない」

その「ない」は、探してみないと判らナイんじゃなくてね、扱ってやしナイの「ない」なわけですよ。

有文堂書店は文学や歴史、演劇(歌舞伎)、落語、絵画の新旧を特に扱ってますが、それは私の仕事で扱う分野でもあるんですが、ないものはない。

何でも屋なんて言い方は昭和ですが、特定の何かを見つけたいンならさ、ハナから国会図書館に行きゃあいいんだ。東京のど真ん中で働いてンだもの、私。

この「ない」の時とは別ン時ですが、木下さんの一言で今も心に残っているのがございまして。それは二度、いや三度くらいは聞いています。おそらく来店客でそれっぽいのには、昔ッから言って来てんじゃないですかね。

「ウチには紙くずしかないですよ」

それは誇りの裏返し、卑下しているンでしょうけれど、客の方としては安売り台で立ち止まって、小銭で何かいい物ないかなぁって期待して来てるわけですから、

「いやいや・・‥。その「紙くず」が好きで来てんですよ」

なんて反応、示せりゃいいんでしょうけど、なにせこっちはチキンハートの口べたですから、ハハハ‥‥、苦笑いしかできやしません。

そんな小客が有文堂書店で楽しみにしている棚が落語の所でした。背に刻まれたタイトルの、言葉選びの感覚が、子供の頃から馴染んできた空気があって、懐かしさ半分と、その懐かしさの秘密を読んでみようというのが半分。

でもちょうどのこの棚が番台の真ン前にありまして、木下さんから又何か来るんじゃないかとヒヤヒヤしてしまいます。

回を重ねるうち、7時頃になると木下さんが上機嫌で声かけてくれることがあったりして、

「今は目がかすむし(まア御年80ともなればですね、それも自然のことかとも存じますが‥)、きれいなヒト見てもドキドキしなくなってんですよ。昔だったら、もう、燃えるようなもんでしたけれどねエ」

なんて、ちょっとした小咄を聞くようなわくわくもあって、あえて落語の本を眺めてみたりする。

そんな木下さん、今年の春先はマスクをつけっぱなしで。心配で尋ねると、

「いやあ、鼻水がひどくてね。やっと人並みになったんですかねえ」

‥‥だって。

(つづく)

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〈2017年5月配信!〉
神田三崎町と有文堂書店の100年。
── 店主・木下長次郎さんにきいた思い出ばなし。


 

メモ:思い出の本。

口演速記 明治大正落語集成』全7巻 講談社
編集・解説 暉峻康隆、興津要、榎本滋民
装幀 及部克人

第1巻のオビには「幻の名人芸と懐かしき寄席情緒の再現! 明治の大看板、大正の人気者の高座をそのままに伝える速記録を初めて組織的に発掘し、原本に忠実に復元した一大集成いよいよ刊行。」第1巻の刊行は昭和55年(1980)3月。第7巻刊行は昭和56年(1981)2月。2段組、A5判。フランス装(アンカット本)。約400編収録。

タイトルの通り明治大正期の速記を復刻した内容で本編の落語を読むだけでも面白い。加えて編集委員による巻末の演目解説が、明治大正期の風俗を知る上でも辞典の役割も果たしておりとても便利です。知力と体力を注ぎ込んだ本作りの醍醐味を感じる作品だと思います。


文責・板垣誠一郎

投稿者: 東京のむかしと本屋さん編集部

「東京のむかしと本屋さん」編集部 メール tokyomukashi@gmail.com