[水道橋/神田三崎町]神田三崎町と有文堂書店の100年。(第5回)新宿ゴールデン街から帰る13番

第5回
新宿ゴールデン街から帰る13番

国鉄・水道橋駅前にあったジムの帰りに、三島由紀夫が橋を渡って三崎町の有文堂書店に来たことがあったそうです。

東京ドーム(1988年〜)になる前の後楽園。昭和のいつ頃でしょうか‥‥。三島由紀夫と言えば最近も話題を呼んだのを思い出します(ちくま文庫『命売ります』)。本の魅力ですね。

スーッと、ひきしまった体躯が入って来るや、当時まだ若い木下さんすぐに三島さんだと判ったそうです。ちなみに、三島由紀夫1925年生まれ、木下長次郎さん1937年生まれ、一回りの年の差があります。

その時は、浪花節の本を求めて行ったそうで、ちょっと言葉も交わしたんでしょう。

「物書きは、何でも側(そば)に置いとかなきゃ」

そんな風なこと、三島由紀夫から聞いたンだそうです。

まだその当時は、お店の前の白山通りに都電が走っていたでしょう。都電は、車の交通量が増すに従って東京から姿を消して行ったようですが、木下さんたちも使っていた庶民の足。

有文堂書店のそばにあった「水道橋」停留所には都電路線図によると5つの路線が走っていたようです(※1)。

今も都電荒川線(愛称「東京さくらトラム」)や東急の世田谷線が、東京の路面電車(チンチン電車なんて呼び方もしますね)として現役バリバリなわけですが、それらがもっと網の目に走っていたンですから恐れ入ります。

多くの路線が廃線になった昭和40年代。都電の面影を残そうと、当時の都電ファンが撮った写真集がいくつもあります。もしかすると東京の郷土本の一角かも知れませんね。

さて、水道橋電停(停留所)経由の路線でも「13系統」のことをお話申し上げますヨ。

まだ独身の木下さんですが、仕事がない時間にはちょっと一杯。ってなわけで、三崎町にも色々酒場はありますが、見聞を広めるべく大人の社会勉強に出向いた先の一つに新宿ゴールデン街を挙げて下さいました。

国電で水道橋駅から新宿に向かい、酒場でワイワイやって、帰りに乗ったのが都電13系統(13番と、乗ってたご本人は言ってらした)。

この13番、ゴールデン街の入り口の前にのっそりやって来ていた(※2)。乗り込んでゴトゴトするうちに水道橋電停。ほろよい木下さんのお宅(有文堂書店)の真ン前。都市作りってのは、よく出来てンですねぇ。よっ、拍手!

今は今で、人のつながりってのは意外な所であるもんですが、一昔、二昔、もいっちょ三昔前とさかのぼっても、その折々の人のつながりが沢山出来ていたんでしょうね。

東京でも特に賑わう街、新宿。昔話うかがってまして30代の木下さんが見た新宿の雰囲気の賑やかさだけは、今の新宿にも重ねて想像出来ます。

風俗的な賑わいの所々に文化の香りがします。抽象的ではありますが映画や音楽、演劇、雑誌や本といった文化、もしくは関わっている人の営みを新宿のゴールデン街に求める世代があります。(※3)

それと、ついこの前まで新宿1丁目や2丁目には古本屋があったんです。

1丁目の國島書店。ここが撤退した後も去年(2016年)の夏頃まで残っていた昭友社は、交番の向かいにありましてね。店先の棚で4冊200円で文庫や新書が沢山あった。私のようなサラリーマンには有り難かった。面白かった。

夜間に撮った昭友社書店。手前は新宿通り。(撮影・板垣)

 

新宿の老舗書店、紀伊國屋書店新宿本店のある「紀伊國屋ビルディングが東京都選定歴史的建造物に選定」というニュースを聞いて、心底ほっとしてしまった人は少なくないと思います。

賑わいの中の文化の香り。絶やしたくありません。

あ、すみません。木下さんとのお話を続けましょう。

 

(つづく)

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注記


※1 水道橋を経由した5系統は次の通り。

  • 13番 新宿駅前〜水天宮前 全長9.3キロ :新宿駅前 ─ 角筈 ─ 四谷三光町 ─ 新田裏 ─ 大久保車庫 ─ 東大久保 ─ 河田町 ─ 若松町 ─ 牛込柳町 ─ 山伏町 ─ 牛込北町 ─ 神楽坂 ─ 筑土八幡 ─ 飯田橋 ─ 小石川橋 ─ 水道橋 ─ 本郷元町 ─ 御茶ノ水 ─ 松住町 ─ 万世橋 ─ 秋葉原駅東口 ─ 岩本町 ─ 元岩井町 ─ 小伝馬町 ─ 掘留町 ─ 人形町 ─ 水天宮前
  • 2番 三田〜曙町 全長9.3キロ
  • 17番 池袋駅前〜数寄屋橋 全長9.8キロ
  • 18番 志村坂上〜神田橋 全長12.3キロ
  • 35番 巣鴨車庫前〜田村町一丁目 全長8.5キロ

参考文献『都電が走った街 今昔 ─激変の東京ー定点対比30年』林順信、JTB、1996年


※2 「自分の青春は都電とともにあった」という作家・石堂秀夫氏がまとめた『懐かしの都電 41路線を歩く』(実業之日本社、2004年)で、13系統がゴールデン街附近を走行した折の描写では、文化と風俗が織り交ぜになった雰囲気が伝わってくる。


※3 ゴールデン街で「ナベサン」を開いた渡辺英綱氏の著書『新宿ゴールデン街』は、1986年に晶文社版、2003年にふゅーじょんぷろだくと版(ラピュタBOOKSシリーズ)、そして近年2016年講談社版(講談社+α文庫)で息長く読み継がれている。

文責・板垣誠一郎


〈2017年5月配信!〉 
神田三崎町と有文堂書店の100年。 ── 店主・木下長次郎さんにきいた思い出ばなし。

投稿者: 東京のむかしと本屋さん編集部

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