第3回
三崎稲荷神社と三崎三座
水道橋駅の南側、店が並ぶガード下を歩けば左手に見つかります三崎稲荷神社。
木下さんの有文堂書店がある三崎一丁目町会は、神保町地区町会(※)のなかでも、この神社を町内に持ってるんで「宮元」と言うそうです。
創建の言い伝えは鎌倉時代頃にまでさかのぼり、後の江戸時代には、教科書で習った「参勤交代」で江戸に来る大名が三崎稲荷で心身を清めたといわれます。
そんなに有り難い所と知るや、おこぼれ頂戴!ってなわけで、サラリーマンの端くれ、最近は手を合わせる次第でございます。たはっ。
千代田区の図書館に勤めながら江戸東京の歴史を掘り起こした鈴木理生氏がまとめられた『明治生れの神田三崎町』(青蛙房刊)の書名通り、三崎町は江戸が東京になった明治初め以来の町名。
結局、この『明治生れの神田三崎町』という本の存在こそ、有文堂書店にお話をうかがっていて想像される町並みのイメージ、それはどんな形だっていいんですが、そのイメージを肉付けする格好の一冊だと気がつくのは、第4回以降のお話。
御年80の木下さんの生まれるより、もぉっと前の、三崎町の写真をご提供いただきましたヨ。これがすごい。まず皆様、ご覧になって。
何人の子どもたちが写ってンだろ。ヒャア。
町会の祭りに参加した住民たちの活気がみなぎってる。
「佃煮するくらいいるだろゥ?」なんてジョークを添えて出してきて下さった。
お祭りの度に建てたという「御仮屋(おかりや)」。それを前にしての集合写真だそうで。
いまの青山、私にとっては旭屋書店があったビルの辺りといいます。今なら自動車怖くてとてもできないっスネ‥‥。
もう1枚には御輿と太鼓を前に大人が勢揃い。いよっ、三崎町!
よ~く目をこらすと、ほまれ高く御輿には「宮元」とついている。先代の木下長吉さんがどこかにいるらしい。分かった人は手を上げて! ハイ!
「昔は大変だよネ。娯楽がねェからお祭りなンていうと、みィんなで金かけてんもン。祭り事はネ、ちっちゃいのは別だけど、女は入っちゃいけなんすョ。御相撲と同じ。食事の用意も男がそこいらから仕出し頼んだンでしょう。──観光客? 来ない来ない。お祭りは自分ンとこの町内で、三崎神社の氏子が集まってやります。‥‥へッ。それに比べて今なんてヒゲキですよ、「テント」だもン。」
最近のお祭りを写した1枚には、たしかにテントの前ではっぴ姿の木下さんたち数名がカメラの方を向いてる。んん‥‥、よそ者の私が口出すことじゃないんで、次いきまショ。
いやらしい言い方ではございますが「昔の東京」を追っております。
そんな折、縁日のことで三崎稲荷の方にうかがったことがございました。禰宜(ねぎ)の山崎氏にそこで鈴木理生著『明治生れの神田三崎町』を教わったんです。三崎稲荷に縁日で賑わった記憶を、その昔に活躍した演歌師という大道芸の方が語っていらした。
んで、そン時。縁日には夜店が出ていたという神社前の道路が「三崎神社通り」だということを知った。ちゃんと通りに案内板も出てんだ。往事の賑わい伝える証拠だ、これこそ。ねえ?
何年も読まないでサ、神保町や九段に行くことだけに気がいってんだからね私も‥‥、もったいないよ。何やって来たんだいって言いたいね。
三崎町の営みをうかがわせるヒントにようやく目が行った。
だから、木下さんが語って下さる思い出話は、私にはチョー面白いんだぁ‥‥。
この神社様ともう一つ、三崎町には欠かせない芝居小屋の歴史がございまして、これもちゃんと道沿いに案内板が出ております。観光客必見。
「三崎三座」と呼ばれた3つの劇場。川上音二郎による川上座、東京座、そして三崎座。
このうち長命だった三崎座については、阿部優蔵著『東京の小芝居』に小史がまとめられておりました。有文堂で見つけた一冊でもあります。
私は中村家のドキュメンタリーでしかなじみのない歌舞伎のこと、今回は外面だけを文面から拾うと次の通り。
三崎座は明治24年(1891)6月に開場。定員1,123人。小芝居の劇場では大きい方で、女芝居(女優が興業する芝居)を得意とした。明治39年(1906)には、当時まだ世間に出たばかりの夏目漱石『吾輩は猫である』を取り上げたりしている。後年、神田劇場に改称。その頃は映画が商売敵。大正期を経て昭和期に入るも戦災で焼失してしまう。
木下さんには、物心ついた頃に三崎座跡の建物には穴があったので入ってみたという冒険譚もあんだそうで。
芝居の香りをこの三崎町で今も放つのは、有文堂書店かも知れませんよ。
(つづく)
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※注 神保町地区町会連合会・・・神保町一丁目町会、神保町一丁目北部町会、神西町会、北神町会、神保町三丁目町会、西神田町会、西神田三丁目町会、三崎町一丁目町会、神田三崎町町会、神田猿楽町町会、一神町会、駿河台西町会の12からなる。
参考資料
- 阿部優蔵『東京の小芝居』演劇出版社、1970年
- 鈴木理生『明治生れの神田三崎町』青蛙房、1978年
文責・板垣誠一郎
〈2017年5月配信!〉 神田三崎町と有文堂書店の100年。 ── 店主・木下長次郎さんにきいた思い出ばなし。
投稿者: 東京のむかしと本屋さん編集部
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